福島県 川俣町
(かわまたまち)
  • 人口:12,186人
  • 面積:128km
  • 財政力指数:0.39
  • 情報更新日:2022/3/27
みどりの中に光る絹のまち~かわまた~
  • 東北地方
  • 福島
  • 福島県中通り
  • 伊達郡
  • 阿武隈高地
  • 川俣シャモ
  • フェアリーフェザー
川俣町ってどんなところ?
About
川俣町は、川俣盆地を中心に、絹織物の町として発展してきた町です。

町の歴史は、縄文時代の遺跡が数多く残されていることから、原始時代の1万年も前より祖先の足跡が刻まれているほど古いものです。

古代末から中世にかけて、小手保といわれた川俣地方は、奈良興福寺の荘園として繁栄しました。甘露寺には紀州(和歌山県)根来寺の高僧が住み、川股城跡のふもとからは大量の常滑焼きが見つかっています。

室町時代の初めは、川俣氏が支配していました。16世紀ころからは伊達氏の支配に属し、16世紀後半には伊達氏の将、桜田氏が川股城に居城していました。

天正19年(1591年)豊臣秀吉の奥州再仕置による蒲生氏郷の支配、そして、慶長3年(1598年)に上杉景勝の支配となり、寛文4年(1664年)からは、幕府直轄地になりました。元禄16年(1703年)には川俣代官所が創設されて、明治維新に至りました。慶長年間(1596年~1614年)から生糸や絹織物取引の市が立ち、江戸城御用の川俣絹を生産するなど、国内で有数の絹織物産地に発展し、明治・大正・昭和の時代には輸出花形商品の羽二重を織り出しました。

昭和30年3月1日、町村合併促進法により、川俣町・富田村・福田村・小島村・飯坂村・小綱木村・大綱木村、安達郡山木屋村の1町7カ村が合併して川俣町となりました。
(公式Webより引用)
アンバサダーからひとこと
首長メッセージ
Message
川俣町長
藤原一二
「対話と協調」を基本として、「川俣町に住んで良かった」と思えるような、また「住みたい」と思えるような顔の見えるやさしい町づくりを目指して皆さんと共に歩んでまいります。
(公式Webより引用)
過疎への取り組み
Point 01
① さらなる協働の推進
② 人口減少と少子高齢化への対応
③ 環境問題への対応
④ 産業の活性化
⑤ 中心市街地対策
⑥ 高度情報化への対応
⑦ 保健・医療・福祉の充実
⑧ 教育環境の充実
いま、力を入れていること
Point 02
観光スポット
Point 03
プロモーション動画
Movie
StreetViewで街歩き
StreetView
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